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2019. 09. 09
学園長コラム【学園長コラム vol.5】天才ユーザー(アパレル)
プログラマーや、システム設計、IT事業マーケティングなどの分野で、何人かの天才に遭遇してきたが、私にとって最も印象的な天才はIT活用分野におけるものであり、それは個人というよりも組織の優秀さの現れといったものだった。
1970年代、「物動表(ぶつどうひょう)」と呼ぶ紙のリストを駆使する紳士服メーカーがその最初の例だ。当時の紳士服とは背広あるいはスーツであり、今なら専門の量販店があるが、当時はもっぱら百貨店で購入する高級服の代表だった。サラリーマンがボーナスで年に1着か2着、土曜日や日曜日にデパートに行って買うものだった。
その会社は、どんなスーツを作るかを考えるプロデューサーの役割を担い、生地やボタンなどを世界中から調達し、販売計画、生産計画を立て、工場から倉庫、営業本部、そして百貨店の売り場の間を流通させる手段を駆使しながら、最適な場所に最適な量の商品が常に存在しているように考えるディレクターの役割をも担っていた。
スーツは高級品なので生産には一定時間を要し、また、できあがった商品は温度・湿度が一定で虫食いを防ぐ設備を持った倉庫で保管する必要がある。しかし同時に百貨店に並べたいものは都市部にある営業本部のビル内に置いておきたい。さらに、東京では売れないけれど大阪で売れているデザインあるいは生地ならば商品を移送したい。
これらの情報を一元的に見る、物の動きを見る帳票が物動表だ。週末、百貨店で消費者が購入する、つまり売れたという事実を
「売り場・売上げ」と呼び、紙の伝票に記載する。それを全国から集め、月曜日中に簡易端末から打ち込み、磁気媒体にする。
月曜日の夜中のコンピュータ処理で売り場・売上げを取り込めば、売り場の在庫が計算で求まる。
物動表の「動き」のトリガーは売り場・売上げだ。それによって動いた売り場の在庫は適切なのか、営業本部から補充すべき数はいくつか、それがあるのか、倉庫から出す必要はないのか、倉庫にはいくつあるのか、あるいはいま生産途上にあるものはどれぐらいなのか、あるいは既に移送の指示を出していて移送中の商品はいかほどあるのか。
こういった動きをすべてB4サイズの紙に印刷し、じっと眺めながら意思決定する。「投入(生産指示)を増やせ」「新宿の売り場在庫を立川に回せ」「この生地での生産は中止しろ」「倉庫から大阪営業本部に移送指示を出せ」。こういった意思決定を下していく。
紳士服は婦人服ほど流行に左右されないが、今年売れ残ったものは倉庫で一年寝かす必要があり、来年売れるかどうか怪しい上に、倉庫の設備はコスト高だ。最適な量が最適な場所に今あるのか、それを見るのが物動表。ビジネスを知らず、コンピュータの活用方法を知らなかった私は、物動表を駆使して迅速に意思決定していく彼らの姿を見て感動したものだ。
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ITカレッジ学園長 佐藤 治夫
<プロフィール>
東京工業大学理学部数学科卒業。
ITエンジニアとしてコンビニ、アパレル、保険、銀行、人材派遣など様々な業界のシステム開発を手がけ、現在は株式会社クレスコ社外取締役、ユーザー系企業・顧問 情報活用コンサルティング、IT系企業・顧問 事業戦略策定コンサルティングを兼務。「ダメなシステム屋にだまされるな」(2009年日系BP)など、IT関連の著書も多数。
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【学園長コラム vol.1】毎日の仕事はITだらけ
【学園長コラム vol.2】プログラミングの初仕事
【学園長コラム vol.3】世界を変えるためにやっている
【学園長コラム vol.4】異常終了 - アベンド -