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2023. 08. 07
学園長コラム【学園長コラム vol.61】日本は特殊か?
私は44年間、日本企業の情報システムに関する仕事をしてきた。
その中で一番感じてきたことは「日本が特殊である」ということ。
そして21世紀に入って、この傾向がITの力によって少しずつ変化してきているとも感じている。
私が流通業各社に向けて情報システムを開発していた数十年前、問屋という存在が大きくかつ強く、
彼らを中心に様々な細かい商慣習が根付いていると感じていた。
しかしこれが崩れたのはセブンイレブンをはじめとするコンビニエンスストアの興隆だった。
何をいつどこへ納品するかをデータ通信で仕入れ先へ伝える方法は、売り手と買い手の間の交渉を排除し、
問屋の行動パターンを否定するようにも感じられた。
結果として「流通革命」と呼ばれるような大改革が進みだし、
製造業・問屋業・小売業で構成される流通業が様変わりを果たし、
問屋の相対的地位が下がり、小売業が主導権を握る時代が到来した。
問屋が極めて強いという日本の特殊性がIT活用とともに薄らいでいったのだ。
私が金融業各社に対して情報システムを開発していた1980年代後半、
日本の金融機関は世界のトップに位置付けられていた。
私が担当していた情報システムに、金融機関が監督官庁に対して報告資料を提出する、
その報告資料をコンピュータで作成するという仕事があった。
報告資料の書式は監督官庁が発する通達と呼ばれる文書で細かく指示されていて、
書式フォーマットが図で描かれているものさえ多くあった。
つまり、みな、この同じ書式で報告せよという意味である。
ところが各社は極めて細かいところで個性?を主張した。
例えば銘柄名と呼ばれる項目、「長期国債第128回イ号」といった内容を印字する際、
文字数が多いので2行にまたがってしまうとき、
「2行目は1文字あけてから印字する」ことを主張する金融機関があるかと思えば、
「2行目は右寄せで印字する」ことにこだわるところもあった。
報告書を受け取る監督官庁は同一なのだから、まったく同じ仕様の方が良いと私は考えたが、
各社はこのどうでもよいような細部に強くこだわった。
その後、金融機関どうしの合併が相次いだが、
規模を大きくした彼らは逆に世界の中での相対的地位をかなり落としてきている。
この事例は日本が特殊であることを示していると同時に、
金融機関各社が競争力と無縁な分野にさえ細かくこだわり、
結果として重要な競争分野でのIT活用などがいまだに遅れていることを示している。
コンピュータ利用が日本で最も早かった金融分野であるが、
日本のというか彼らの特殊性ゆえにIT利用が競争力強化にあまり直結せず、
結果として大きな変化・進歩を実現できていないように私には感じられる。
私が人材ビジネス各社に対して情報システムを開発していたとき、
人材派遣という仕組みが日本にのみ広く存在していることを知った。
諸外国では転職を繰り返しながらキャリアを積み、
給料を上げていくということが普通であったが、
日本は「会社を辞めないこと」「社員を解雇しないこと」が普通であり、
それゆえ柔軟な人員体制の変化を人材派遣の利用によって実現している。
このことがそもそも日本が特殊である事例の一つなのだが。
各社が人材派遣を利用するにあたって、細かい部分での違いを主張している。
例えば時給いくらかを決めた上で、残業代を計算する際、
四捨五入・切り上げ・切り捨てのいずれで計算するか、またそれはどの桁で行うか。
こういった細かい決め事は派遣先の各社で異なり、
結果として人材派遣会社の事務部門や業務システムが対応せねばならない。
この種の細かいこだわりが日本の競争力を高めるかと考えてみてほしい。
日本のIT供給力がこの種の極めて細かな要求に応える必要があるゆえに、
人工知能の活用などの先進的な分野に対する歩みが遅れているような気がしてならない。
電子商取引のアマゾン社などが日本に上陸したとき、日本でも広まるかどうかがわからなかった。
売り手と買い手をインターネットでつなぐ電子商取引サイトは、
問屋業ばかりか小売業さえもその存在価値が奪われる事態を招き、
たとえ諸外国で広がっても日本では普及しないのではないかと解説されたことがあった。
しかしそれは杞憂に終わった。
日本でも小売りサイトは爆発的に広がり、小売り革命・流通革命を一段階進めている。
ここでは日本の特殊性が吹き飛ばされたような印象を私は受けた。
日本の特殊性がIT活用を阻んでいる分野がある一方で、
ITが日本の特殊性をぶち壊し、より効率的な商習慣等を招いている分野もある。
みなさんはITの世界に入る。
つまり革新を日本に、世界にもたらす側の立場になる。
大変であると同時に、これほどやりがいのある仕事はほかになかなかないと思う。
この世界に44年間いる私の感想だ。
<プロフィール>
東京工業大学理学部数学科卒業。
ITエンジニアとしてコンビニ、アパレル、保険、銀行、人材派遣など様々な業界のシステム開発を手がけ、現在は株式会社クレスコ社外取締役、ユーザー系企業・顧問 情報活用コンサルティング、IT系企業・顧問 事業戦略策定コンサルティングを兼務。「ダメなシステム屋にだまされるな」(2009年日系BP)など、IT関連の著書も多数。
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