Principal column校長コラム

仙台校|菊地 惠一校長

デジタルネイティブ世代を考える

 とある高等学校に在職しているときの話です。
 町の中の少し大きな写真館に就職をした生徒がいましたが、三か月で辞めてしまいました。「なぜ、こんな仕事をしなければならないのか。私はこんな仕事をする為に此処に就職したのではない」と、これが言い分でした。情報科に在籍し身に付けたパソコンの技能を駆使し、映像の加工や創作の仕事を目標にして入社しました。しかし、入社間もない新人でもあり、最初はお客様の対応や店内の清掃、そして撮影の小道具づくりや撮影助手が主な仕事でした。

 今の学生たちは生まれた時から生活の中にインターネットやパソコンが当たり前にある時代を過ごしています。小学校ではプログラミング教育が行われようとしているし、学校教育も大きく変化しています。インターネットやITはますます生活と切り離せず、世の中は更に便利になっていくでしょう。しかし、この進化が全て正しいことばかりではありません。人として取捨選択できる能力や人間社会では失ってはならないものを見極める能力が必要です。中でも自分をコントロールできる力は一層重要になり、『世のため人のため』の基本となるものです。

 また、一般的にみても何の仕事や職業も同じですが、入社してすぐにその業界の第一線で活躍できることは稀なことです。殆どの人は地道な下積みを体験してから活躍する場に出ていきます。ネット上では対等に振舞えても、社会においては上司や顧客に対しては相応のビジネスマナーで対処しなければなりません。コミュニケーション能力を身に付けることを基本として、仮想社会と現実の区別ができること、情報の活用ができることまで、この社会で生きていくためには多くのことを理解しなくてはなりません。様々な仕事を熟すうちに、自分に足りない知識や技能を身に付けていき、徐々に頭角を現わしていく場合があります。また、本意な仕事ではなくても様々な仕事を熟すうち、いろいろな力が付いて、それが本職と比較できるほどになった人もいます。一生懸命に仕事に取り組み、そこで人脈ができて、別の道が開け、新たな可能性を見出した人もいます。この写真館としても、様々な仕事や経験をさせることにより、この期間にその人の適性を見極めたり、全体の業務内容を理解させ、この道でより深い仕事に従事できるようになることを願っていたと思われます。

 ところで、デジタル化された環境で育った彼らを、大人世代も理解することが必要だと感じています。時代に合った時間の使い方や人との関わり方のスタイルを学び、状況に応じて変えていかなければならないと思っています。私たちにも、現代のメリットとデメリットを考えながらこれからのデジタル社会を生き抜く環境を整えることが求められています。いつの時代でも大人から見れば、新しい時代の環境で育った若者は新人類と捉えがちで、理解に苦しみます。しかし、進化する未来の社会で若者が活躍する可能性を信じて、お互いに理解し合うことが必要なことは言うまでもありません。

 さて、皆さんはどう感じていますか。思い通りにならないことが沢山あるのがこの世の中です。良い時もあり悪い時もあるのが人生です。何かをやろうとして最初からうまくいくことは稀です。特にこれからのデジタル社会・インターネット社会では、情報が一方的になり、短絡的にものを見て判断する傾向になりがちです。自分をコントロールし、状況を的確に判断できる知識を養い、そして少しの我慢をすることもこれからの時代にはより必要な要素となると思います。

 「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にはしておかぬ」阪急グループ創業者の小林一三のこの言葉が思い起こされます。いつの時代でも目の前の仕事をどう熟すか。取り組み方、考え方で評価は異なり、やがて重要な仕事に携わるようになることを忘れてはならないと思います。

人との距離が近い仙台校で、「為世為人」を実践できる完成度の高い人間を育成します。

仙台校

菊地 惠一 校長

元宮城県伊具高等学校長。保健体育教諭として約40年のキャリアを持ち、生徒指導やスポーツの普及振興にも携わってきた。柔道初段・剣道二段・バレーボール公認審判員の資格を持つ。